網地島発 姥婆すてture・zure

島に住む染物屋の婆々が思いつくくままに

電波が来る

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忘れもしない小学五年生の時、コイルを巻いて直列だか並列だかの電気を起こす授業があった。
ちんぷんかんぷん!この時を以て私の理科は終わった。
そんな私が古希を迎えようというのに電波のことが判ると思いますか?無理です。
やたら皆が携帯電話を持つようになっても、お婆々の依怙地で固定電話に固執していた。しかしあの思いもかけない大震災はそんな固執を吹き飛ばしましたね。ライフラインはすべて止まり、勿論電話も不通で無事を伝えるすべがない、一大転機になりました。一気に携帯電話、そしてパソコンへと走ったのです。例によって過激な転身です。
網地島にはdocomoの電波塔がたっている。その電波塔の近辺だけが携帯電話の通じる場所だった。島ではdocomo伝説ができ他社の携帯から乗り換える人が多かったと聞く。私も当然docomoです。
でも、なーんか調子が良くないのです。話し中にふっと音が飛ぶ、聞きずらい、海の中で話すように聞こえる。
この度docomoの人に来てもらって電波状況を調べてもらいました。なーんと、地形的に我が家には島の電波塔から電波が届いていないのだそうです。信じられない!
島に電波塔がありながら、我が家は対岸の鮎川からの電波を受けているのだという。そしてA波とB波があってうちはA波が弱いのだと、そんなこと言われたってよくわからないですけれど・・
というわけで、A波を強くするために「レピータ」なるものを設置してもらいました。

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二週間ほど前友人と長電話をした。珍しく朝電だったのだが調子が良かったのです。
[ねえ、声飛ばないよね、調子いいよね。どうしたんだろう?]
「あっ、いま窓開いてる。いつも夜だから閉めてるけど、今は開いてるよ。窓から電波が入ってくるんだよ]
言った途端、自分でも吹き出しました。電波ってそんな風に飛んでくるもんだっけ?

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OSAKA WORLD SAIL `83

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1983年 ちょうど30年前の10月、大阪港に世界の帆船が集まり‘83大阪世界帆船まつりが開催されたのを覚えている人はいるだろうか。大阪南港の土地造成完成、大阪築城400年の行事に企画されたメインイベントでした。時の外務大臣は安倍晋太郎、現在の首相のお父さんだが、[この帆船まつりを通じ、参加各国の相互交流により国際親善が一層深まりますことを念じてやみません」というコメントを寄せている。
相互交流も国際親善も別にして、私と相互交流を図ってさえくれればいいのだが、世界中の帆船が集まるなんてそれだけですっごいことです。今世紀中にはもうないだろうといわれた。
チリのエスメラルダ(エメラルドの意)、コロンビアの誇りグロリア、インドネシアの海神デワルチ、メキシコのクォウテモックなど日本を含む7か国と香港から、10隻の帆船が参加し帆走パレードや船内公開を繰り広げたのです。七色の放水、打ち上げられる花火、総帆展帆した優美な姿の帆船パレード。
観に行きたかった!同じ風に吹かれたかった!
でも当時の私にはテレビで中継を見ることと、写真集とビデオを買うことぐらいしか出来なかった。30年を経た今もこの二つは私の宝物です。
久し振りに写真集を見ていたら、こんなものが挟んでありました。

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日清食品の懸賞に応募し当たったものです。
30年、後生大事に未練たらしく私の想いを引きずって此処に居続けました。
月日の経つのは早いわねえ!

今年10月25日、練習帆船日本丸が石巻港に入港します。
この船は世界帆船まつりの翌1984年に横須賀の住友重機浦賀工場で建造された新日本丸です。実は一度船内見学をさせてもらったことがあります。
久し振りに絶対逢いに行くんだあ!

虚と実

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ごひいき葉室麟の[恋しぐれ]
俳人蕪村と一番弟子の月渓(後に呉春と改名)、円山応挙、長沢芦雪等をめぐる連作短編集である。
これを読んだのが一か月ほど前なのだが、期せずして[若冲が来てくれました]展に蕪村以外のすべてが顔を揃えていた。偶然なのか葉室麟が狙ったのか、おそらく狙ったのでしょうね。
観る楽しみが倍増されました。勿論、葉室麟が紡ぎだした虚構の世界なのだろうが、作中の人物たちが実際に描いた作品を見ていると虚実が混とんとして[やっぱり芦雪はねえ・・]などと、えらく納得してしまう。
芦雪のでっかい象と牛の屏風、あの時代にどんな人がこれを注文したのだろうか、部屋に置いたら凄い威圧感だっただろうと思う。応挙の弟子でありながら師の枠からはみ出すことが多かったらしい芦雪の面目躍如というところですね。一方では[牡丹孔雀図屏風]のような正統円山派の絵を描く、魅力的な人物です。
「恋しぐれ]の中で応挙と月渓の幽霊画の話があるが、ここでは月渓の作品のみが展示されていた。[ああこれが(おはる)なのか」と私はどっぷり葉室麟の世界にはまっているわけで・・・・
本来私は絵の側の身なのだが、思考的には文章寄りらしく、絵の後ろに物語が見えるとムフフッなのです。お蔭で楽しかった。

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      (水墨なんて私も大胆な!)
かっては若冲の細密極彩色の群鶏図に興味があったが、今回観て水墨画に驚いた。シュールなほど細部まで描きこまれた群鶏を経てこそなのだろう、一筆の勢いが素晴らしい。
と、まあ私のいい加減な感想なのですが水墨に魅かれるってやはり齢かしら?否、若冲の水墨は野心満々で枯れた所なんて微塵もありません。

秋刀魚が来てくれました

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今年はものすっごい猛暑で、ものすっごい豪雨で、ものすっごい異常気象です。いったい地球はどうなりつつあるのだろう。SF映画の中だけのことだと思っていたのが今や現実の世界に迫っている。
いつまでも海水温が高く、秋刀魚は北海道沖から南下しない。例年なら今頃は何度か戴きものをして、秋の味覚に舌つづみを打っている頃なのに…。秋刀魚の数も少ないし油の値段も高くてなかなか出漁できないというニュースが盛んにながれた。諸問題に阻まれた上に自然まで狂っては漁師は大変です。
郵便局のお届け便に注文しておいたのだが「ことしの秋刀魚は暮れか来年の正月だなあ」と揶揄する声しきり。そんなあー、秋刀魚は正月じゃないよ、今でしょう。

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とうとう、やっと秋刀魚さんが来てくれました。
張り切って昨日は秋刀魚の握り寿司、今日は大根下しと和えてぬたを作ります。
秋はこれじゃなきゃ―!秋刀魚さん、ありがとう。

福島餃子

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プライスコレクション[若冲がきてくれました]
仙台博物館で観ようと思ったのだが日程の調整がつかず、それなら盛岡でと青森の友人と弘前で待ち合わせた。
何のことはない、弘前公園でワインを飲みながら話が弾み、けっきょく角み小路の[常寿司]でお寿司を食べて帰ってきてしまった。なにやってんだか!
それにしても[常寿司]美味しかったー。ネタが新鮮で大きさも程よく、口の中でホロっとほぐれるシャリの握り具合、抜群です。ああ、また食べたい。
というわけで最後の巡回地、福島県立美術館へ出掛けることにした。みちのりは遠かったです。
行った甲斐はあったが、いまさらという話題なので若冲さんのことはさておいて今回は[福島餃子]について。
餃子といえば宇都宮が最近の定番だが、福島のそれも結構有名らしい。
福島には毎年仕事で一週間ほど滞在するのだが、定宿にしているホテルの並びに地元では知られた店がある。変哲もない小さな店なのだが、開店はpm5:30 なくなり次第終了だという。仕事帰りに見るといつも長い行列ができていて、並んでまで食べるという思考がない私はいつも横目で悔し涎を垂らしつつ通り過ぎていた。仕事の最終日は早めに終わるので、今日こそはと思うと「グランプリ出店のため○月○日まで休業いたします」の張り紙、これが毎年のことだったのです。

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今回わたくし、意を決してpm5:20に並びました。一番乗りです。
福島名物[円盤餃子] 3個を真ん中に置き、残り17個が周りをぐるっと囲んだ円盤形、これで1100円です。
[一人なので食べきれないかもしれないのですが、残ったらお持ち帰りできますか]と問うと[勿論ですよ]と快い返事。生ビールと共に注文した。
餃子は餃子なのでご大層な講釈を垂れる気はないが、皮はカリっと香ばしく中はジュウシーで軽い仕上がり、結果15個ペロリと平らげてしまった。本当は全部食べられたのだが一言先に言ってしまった手前、体裁上5個だけ残したというのが本音です。その間にもお持ち帰りの注文が引きも切らず、家族ずれで2階座敷に上がる客もいる。私の次に並んだ人は予約注文をしていて「円盤餃子]4個をお持ち帰りになった。
はっきり言って特別どうという味ではないが、なんだかすっごくお得な気分になった私って変?