網地島発 姥婆すてture・zure

島に住む染物屋の婆々が思いつくくままに

ブルーインパルス

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先日、石巻への定期船の窓から見上げると一直線に雲が…と、見る間にそれが大きな環になり、ハートの形となってその真ん中を一本の矢が貫いていく。ブルーインパルスの曲技飛行の訓練中だったようです。
石巻までの一時間、たっぷりと航空ショーを楽しみました。

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         (日本製紙石巻工場・上空)
初めてブルーインパルスの曲技飛行を見たのは1964年10月10日、東京オリンピックの開会式。学生寮の食堂のテレビだった。五色の五輪のマークが大きく見事に描かれた時の歓声が今も耳に残っている。
貧しいという自覚はなかったが、あの頃はまだ戦後を引きずっていた時代なのですね。寮で同室だった友人は母子家庭で、兄さんは学費免除のうえ給料も出るということで防衛大学へ入ったといっていた。そんな時代のオリンピック開催は、日本国民に大きな勇気を与えたわけです。
当時のパイロットが[あの五輪マーク、練習では一度も成功したことがないんだよ」と楽しそうに話すのを聞いた。今や爺さんになった彼らにとって一世一代の大舞台だったことだろう。
現在の震災復興と原発処理という大問題を抱えた中でのオリンピック招致とは違います。もう決まったことで、いまさらここでその是非を云々してもはじまりませんが・・・・

ブルーインパルスは宮城県松島基地第4航空団に所属する第11飛行隊です。。
網地島の目の前、金華山上空での飛行訓練をよくみかけます。雲を引いて飛ぶ姿は私、ちょっと好き!


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いい男たち

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若いボーイフレンドが何人かいる。
みんな息子のような年齢だが、会社員、古本屋の店主、自営の土建業と職業はさまざまながら、いま油の乗った時期の男たちである。それぞれに自信を持ち夢を持って仕事に取り組んでいる。格好いいなあ。
会社員の彼は、ただいま資格試験の真っ最中、ステップアップへの正念場みたい。仕事の内容は知らないが読書家で、おまけにチャリンコ乗り、ときどきレースにも出場しているらしい。真面目な好青年(ちょっと過ぎてるかな・・)で、気に入った本は何度も読み返すタイプです。
古本屋のお兄ちゃん(?)は[いつかは自分の本を書く」と、暇な店で埃っぽい古本の整理をしながら意気軒昂です。本の業界が厳しいといわれてからもう二十年以上になるが古本も当然厳しい現状だという。
玄人しか入れない古書の買付とか面白い話を聞かせてくれ、そして時々お薦め本を送ってくれる。仕事柄か結構マニアックなものが好きでフォークナーを愛読する。フォークナーをマニアックといっていいのかどうか…?私が苦手っていうだけかな。彼はちょっとシニカルで偏屈っぽいのだが、いかにも本を扱う人らしくてそれが良いのです。

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本好きな友人が多いなかで土建屋の兄ちゃんだけは別格。彼は四十数年の人生の中で完読した本が3冊という強者です。それも凄いよね。資格オタクで仕事に必要とあらば直ちに挑戦する。そのための教科書はしっかり読んで勉強するのだが・・・別物なのですね。
不思議な縁で出会い、ヘンなお婆々と仲良くしてくれる心優しき男たち、私にとって大切な自慢のボーイフレンドです。
と、ここで冷静になって・・・
先日、友人と話したのだが[最近の若い男たちは押しなべて優しい」ということ。生活レベルに大きな差がなくなり、教育は[優しさ]を大切にする。男たちがそれをを表に出すことを躊躇わなくなった。可愛いお兄ちゃん達がお婆々に優しく接してくれるのは、生活水準の向上と教育の賜物ではないのか。結構!
どんどん優しくしてください。イケメンのお兄ちゃんに優しくされると年寄りの寿命が延びます。でも・・
年金は下がるし、消費税は上がるし、長生きするのもねえ?あれっ、話が変な方向に・・・

割烹・滝川

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石巻、網地島ライン(巡航船)の発着場近くに如何にも老舗という佇まいの店があった。
三陸の魚貝を使った釜飯と国産鰻を売り物にした割烹「滝川]である。
こちらに移住した頃から気になっていたが、料亭然として少々時代がかった店構えはお婆々一人入るにはどうにも気が引ける敷居の高さだった。タクシーの運転手さんに聞いたところ[なーに、長靴はいたおっさんだって入れるよ」という。
鰻には目がないので、この運転手さんの言葉だけを頼りに思い切って立ち寄ったのが四年ほど前のことである。
黒板塀をめぐらして見越しの松、形の良い石を置いた入口を入って引き戸を開けると狭い三和土、すぐに低い板敷になっている。声をかけると忽ちお女中が現れ三つ指ついて出迎えてくれる。
なーんかもうこの段階で舞い上がりました。お昼を過ぎた時間で他にお客もなく丁重にお二階へ案内され、たった一人で床の間つきのお座敷です。贅沢なひと時であり、そして実に美味しかった。
後に地元の人に聞いたところでは大正三年創業で、かっては結婚式にも使用された店だという。其れから建て直しもあったらしいが、いささか壁もくすみ調度も時代を経ているのが却って落ち着いた雰囲気を醸している。女一人気を使うだろうからと「お給仕は致しませんが、どうぞごゆっくりお寛ぎください]と言われたのが有難かったですね。昼間からお酒を一本と[ひつまぶし]をいただきました。

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        (以前の[滝川」 こんな感じだったような・・・・)
一昨年の震災で「滝川」は跡形もなくなった。
あの鰻はもう食べられないのかと寂しく思っていたところ、今年の六月に元の場所で新装再開しました。石巻の伝統食文化を絶やしてはならないという四代目の強い思いと、奇跡的に残った看板と秘伝のタレが再開の後押しをしたといいます。この度は誰でも入りやすい店構えにしたということで、ぜひ一度よってみたい。石巻へ出掛ける度に今日こそはと思うのだが、いつも諸々の用事をまとめており、船の時間も気になって今だ機会がない。
聞くところによると少々お値段は上がっているらしいが、鰻自体が少なくなっているようなので仕方のないことでしょう。近いうちに機会を見つけて又[お大尽]気分を味わいます。ウフッ楽しみ!
それにしても、以前の「滝川]見ておいてよかった。