網地島発 姥婆すてture・zure

島に住む染物屋の婆々が思いつくくままに

網長小学校の桜

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見事な桜です。染井吉野ではなく牡丹桜だとか聞きました。

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幹回り3mはあろうかという大木に今満開の花をつけている。
ここは旧網長小学校の校庭。守りをする人がいるらしく、廃校になって15年近くなるのに毎年見事な花をつける。

網長小学校は西の網地浜集落、東の長渡集落の真ん中に位置し、両集落の子供たちが通学していた。県道を挟んで中学校があッたが、こちらも小学校が廃校になった翌年歴史に幕を下ろした。最後は生徒数たった1名の日本一小さい中学校だったという。

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網長小学校は昭和22年、学制改革によって鮎川町立網長小学校となり、同34年には12学級生徒数571名を数えた。しかしその後生徒数は減少の一途をたどり、平成11年3月31日付けで閉校となった。
今では二宮尊徳像だけが校庭を見守っている。

都会の少年が学校でいじめにあい声がでなくなってしまった。心痛から母親も鬱状態となり父親と共に少年の転校先を求めて全国を旅した。鮎川から見えた小さな島に何気もなく立ち寄った3人、
太平洋から昇る真っ赤なデッカイ太陽を見た少年が,目を丸くし母を見返って
[お母さーん]と叫んだ。感動のあまり声がでたのです。
少年は網長小学校に転入し、ここで中学までを終えた。
島と島民に感謝した父親が廃校となった小学校を病院にしたのが現在の[網小病院]
移住して最初に聞いた「網小病院]開設の由来です。少年も成長し今では医師として活躍しているとか・・・
かっての少年もこの櫻を眺めたのでしょうね。

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どうしたものか・・・

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東京・中野の工房に勤めていたとき。
通勤途中の公園に大きな辛夷の木があり、春に先駆け爛漫の花を咲かせていたものです。見事でした。梅、桜とはまた違った田園の風情がある。
此処に移住して真っ先に辛夷と紫木蓮の苗木を植えた。3年ほどで紫木蓮は大きな花をつけ始め、年々花数を増やして今ではご近所で評判の木となっている。今年も屋根の高さになった木にいっぱいの花をつけ、間もなく満開というところ。辺りに高貴な香りが満ちることでしょう。

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一方、辛夷のほうは・・・
ちっとも花をつけない。木はどんどん大きくなり、たっぷりの葉を茂らせて野菜畑に影をつくるのだが、花は毎年1・2個。ピンクのひらひらした可憐な花です。この花が木いっぱいに咲いたらどんなに可愛いだろうと思うのだが・・・
何がいけないのだろうか。何が足らなくて何が余分なのか?
去年、到頭しびれをきらして切り倒すことにした。でも、出来なかったのです。8年間駄目コだったけれど、9年目についに目覚めるってこともあるかもしれない。あの公園の木のように満開の花が咲くかもしれない。未練がましく枝を詰めるだけにした。

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やはり…今年も2輪。それも白い花、ひらひらしていなくて去年とは違う木のような風情です。どういうことなのでしょうね。私の憧れはかなわないのでしょうか。
誰か教えて!

PIAZZOLLA

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バンドネオンというのは不思議な楽器です。
形はアコーデイオンに似ているけれど、実は雅楽に使われる笙やハーモニカに近いのだとか。蛇腹になっていて両脇に鍵盤ではなくたくさんのボタンがついている。
ドイツのバンドさんによって作られ、教会で演奏される携帯用オルガンの役割を担っていたが、やがてアルゼンチンに渡りタンゴ演奏には不可欠のものとなった。今ではバンドネオン=タンゴ、タンゴ=バンドネオンと誰もが思っている。

[バンドネオン」という響きだけにひかれて、アストル・ピアソラのCDを買ったのは十五年程前。其れまで知っていたタンゴとはまるで違い、すっかり魅了された。
1960年頃から20年間の記録アルバムだが、[ヴェノスアイレスの夏]から秋、冬、春、名曲[私の隠れ家]など13曲が入っている。そして[ロコのバラード]ではアストルが渋く凄みのある声で吠えている。これがまた堪らないのです。
別宇宙から愛を運んできたロコ(狂った男)への賛歌はピアソラにとても似つかわしい。バンドネオンに憑かれたロコこそアストル・ピアソラなのでしょう。

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ビデオテープを漁っていたらライブテープが出てきた。
いつどこで収録されたものかは判らないが、ナイトクラブのような雰囲気の中での五重奏団である。
ヴァイオリン、ピアノ、コントラバス、エレキギターとピアソラのバンドネオンが哀切かつ情熱的に演奏する。
立ったまま片膝にバンドネオンを乗せ演奏するピアソラのジャガイモのような顔に汗が伝う。セクシーなんです。
またヴァイオリンが凄くいい。このヴァイオリンなくしてピアソラはないのではと思わせられる。仕事をしながらバックにCDを流しているのもいいけれど、テープとはいえライブはやはり違いますね。
一夜、ヴェノスアイレスのナイトクラブにいるような気分を味わった。

パリで脳溢血で倒れたピアソラを、アルゼンチン大統領がチャーターした特別機がヴェノスアイレスまで運んだという。
その2年後、1992年7月5日に71年間の闘いの生涯を終えた。

時代おくれ

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以前、電気屋さんの奥さんが私のビデオテープのストックをみて
「いつまでもこのままにしておくと劣化してテープが見られなくなりますよ。大事なものは早くDVDにしておいたほうがいいです。」と、教えてくれた。
テレビも長時間見るほうではないし、BSもつけてない。ビデオに至ってはこの十五年ほど見てもいない。
今更DVDに変えて、また新しいお勉強するのも億劫なのでそのままにしていた。
ところが先日の「静かなる男]、あれが悪かったようです。あれ以来はまってしまった。
面白いテレビ番組もなく、本を読むのも気が進まないというときにはビデオです。
編集の仕事をしていた友人が山ほど送ってくれたのだが、島に移住するときあらかた処分して、これは何度も見たいなと思うものだけを厳選して残してある。今更ながら勿体ないことをしたものだ。老後のために全部取っておけばよかった。(すでに老後ではありますが・・・)

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一昨々日は低気圧の通過で島の天気は大荒れ、雨戸を閉めて家の中は真っ暗。体調も芳しくなかったので仕事はお休みにし、のんびり炬燵に入ってビデオ鑑賞という贅沢です。ささやかなものですねえ。
ちなみに見たのは「風と共に去りぬ]
友人が言います。[いまどきビデオなんて私と貴女くらいのものよね。]
はい、わたし達 古いタイプです。